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人的資本開示とは?義務化される19の開示項目について解説!

現代ではITや科学技術の発達が目覚ましい中で、人が備える資本についてもあらためて注目されています。同時に、人的資本の情報開示が重要とされはじめたのです。では一体重要視される背景は何でしょうか。そこで今回は人的資本の情報開示が必要な理由と開示する際の注意点などを解説します。

人的資本開示とは?

人的資本とは人間が備えている知識・技能・資格などを指します。人的資本という言葉に聞き慣れないかもしれませんが、「人的資本への投資」と言われれば馴染み深いでしょう。学校での教育・職場での研修・子育てなど、人に対して投資を行う活動を言います。

人的資本に投資を行えば、一人一人が成長するだけでなく、実力を存分に発揮できるのです。例えば、社内研修を積極的に行うと、実践的なスキルが身に付きます。習得したスキルで成績が上がれば、さらに仕事に対するモチベーションが上がるはずです。最終的には企業全体の利益向上につながります。

実際、最先端技術を用いて事業成長を遂げている企業は、人的投資を積極的に行っているのです。結果、人の成長スピードが早く、技術を生む基盤が確立されています。以上のように、現代では表面上の技術に頼っていても、どこかで息詰まります。大切なのは中心にある「人」の力であり、人的資源への投資が不可欠です。

人的資本開示と人的資本経営の違い

人的資本経営とは、資本である人材の価値を最大限に高め、中長期的に企業の価値を向上させることを目指す経営手法です。

一方、人的資本開示は企業ごとに人的資本経営の考え方、取り組み等は施策実施をしたとにデータに基づいて情報を開示することを言います。人的資本開示は、人的資本経営の方針や取り組みがあるからこそ実現できるものです。

人的資本と人的資源の違い

人的資本と似た言葉に人的資源があります。混同されやすい言葉であるものの、両者の大きな違いは目的です。人的資本は人に対して研修や教育を行い「投資」を行っていきます。投資を行った結果、企業利益としてリターンが期待できます。

一方、人的資源は企業運営に必要なリソースであり、人を「消費」していくのです。企業運営に欠かせない要素にヒト・モノ・カネ・情報がありますが、そのうちのヒトに該当します。組織形成のために人を成長させるのが人的資本であり、一人前になった人を戦力として活用するのが人的資源。そのように例えると分かりやすいかもしれません。

人的資本は人を最大限活用するためにあり、人的資源は効率的に運用するためにあります。以前までは人に対する注目度が低いゆえに、人的資源と考えられる傾向にありました。しかし、現在は人に着目する企業が増えたため、人を人的資本と捉える傾向が出てきたのです。

このように、両者には大きな違いがあるため、まずは特徴や言葉の背景を把握しておきましょう。

人的資本開示を行う目的とは?

人的資本の情報開示は、企業がステークホルダーに人的資本経営を実践していることを伝えるために行われます。非財務情報可視化研究会による資料によれば、競争力や持続的な価値向上には人的資本への投資が不可欠であり、投資家も人的資本経営に基づく情報開示を期待しています。

また、ESG経営の一環としても、人的資本の情報開示は重要であり、企業のESG経営に関する情報を広く周知する役割も果たします。

人的資本の情報開示の義務化はいつから?

2023年度より、日本でも人的資本の情報開示が義務付けられるようになりました。

2023年から義務化

2023年3月以降、日本では「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正により、特定の金融商品取引法発行者に対して人的資本の情報開示が義務化されました。これにより、有価証券報告書などでの提出が必要とされます。

人的資本に関する記載必須事項は、サステナビリティ情報の「戦略」と「指標及び目標」の2つです。また、女性活躍推進法に基づき公表されている「女性管理職比率」「男性の育児休業取得率」「男女間賃金格差」などの指標も、これらの企業において有価証券報告書などでの記載が求められます。

義務化対象となる企業

人的資本の情報開示の対象は、金融商品取引法第24条に基づいて有価証券報告書を提出する約4,000の大手企業です。有価証券報告書は企業が自社情報を公開するための資料であり、金融商品取引法に基づいて内閣総理大臣に提出されます。

この書類は法律で義務付けられており、虚偽や不提出は罰則の対象となります。情報の正確性と適切な提出が重要です。

日本における人的資本の情報開示の動向

人的資本の開示が義務化されるまでに、様々な動きがありました。これまでの人的資本の情報開示の動向を解説します。

ISO30414

ISO30414とは2018年に国際機構が発表した人的資本に関する指針です。当指針は11領域49項目に分かれており、労働力の維持や社内外に向けた情報開示を求める内容となります。情報開示を行うことで、日本だけでなく世界的にも透明性を追求できるためです。

指標が定められた背景には世界的な人権・環境問題が大きく影響しているでしょう。SDGsへの関心が強まり、持続的成長が見込まれる企業が注目を浴び始めました。また、ESG投資に関心が寄せられる中で、人材育成や多様性への取り組みが注目を集めています。

さらに、前述した人材版伊藤レポートの中で「企業が成長するためには、人的資本の活用が不可欠である」と発表されたのも、ISO30414に関心を寄せられる一因でしょう。今後も人的資本の枠組みとして、ISO30414の活用が期待されます。

日本企業に求められる開示内容

日本企業は自社株が市場で広く売買され、企業の成長と共にステークホルダーの数も飛躍的に増加します。その影響で開示すべき内容や利害関係者が知りたい内容も増えていくのです。企業においては会社法・金融商品取引法などの制度に沿って開示していけば問題ありません。

とはいえ、範囲が広いゆえに要領を得ない開示を行う企業も増えています。そのため、次から解説するポイントを重点的に押さえておきましょう。

可視化と実践の連動

まずは情報の可視化と実践の連動を行っていきましょう。情報の可視化とは具体的に「企業が成長していくためにはどんな人材が必要か?」「業界で勝ち抜くために人材戦略をどう考えているか?」を見える化するということです。企業の人材に対するビジョンが明確化すれば、投資家は納得します。

また、実践の連動とは、可視化した情報における行動の移し方です。前述した例であると、獲得した人材の育成方法や考案した戦略の数値化などになります。より具体的かつ端的にステークホルダーが納得できるかたちで、開示する流れです。

可視化と実践の連動のポイントを押さえておけば説得力が増し、企業の信頼性はさらに上がっていくでしょう。

「価値向上」「リスクマネジメント」の2軸による項目化

情報開示にあたっては価値向上におけるプラスの面と、リスクマネジメントに関するマイナスを防ぐ面の両立化が必要です。価値向上に関しては教育実習・資格取得・スキル投資などが該当します。このように社員へ投資を行えば、ひとりひとりの価値は向上し、企業利益は大きく上がるはずです。

一方、リスクマネジメントは労働安全・身体的健康・サプライチェーンなど。主に社員が業務を問題なく行えるかに着目しています。言わば、価値向上は「攻め」であり、リスクマネジメントは「守り」です。

攻めだけの情報であると投資家は不満に感じるでしょう。反対に守りだけでは今後の成長に希望が持てないかもしれません。企業経営やスポーツ同様、情報開示においても攻めと守りの視点から、動いていく必要があるのです。

「人材版伊藤レポート」の公開

まずはじめに紹介するのが人材版伊藤レポートです。人材版伊藤レポートとは、経済産業省主催の人的資本経営検討会にて、座長である伊藤氏がとりまとめた報告書になります。現在は「人材版伊藤レポート2.0」(以降「レポート」と称する)が最新版であり、過去に公表されたレポートより詳しく追求したものです。

レポートがうまれた背景としては、時代の変化による、人的資本の重要性の高まりがあります。企業が成長するためには、長期的に見て人的資本への比準を高める必要があるのです。伊藤氏はそんな必要性を感じたからこそ、レポートにて公表しました。

具体的な内容は大きく「経営・人材戦略の連動」「働き方の多様性」について書かれています。経営・人材戦略の連動では経営と人材を一緒に考えるべきと説いています。ビジネスの成長には人材への投資が不可欠であり、人材戦略を経営戦略と同レベルで考えるべきと書かれているのです。時代の変化に伴い、社会の流れに沿った人材を育てる必要があります。

また、働き方の多様性については、働く環境への投資をメインに解説しています。テレワークやサテライト勤務をより普及させるため、社内PCの充実化・コミュニケーションツールの導入・オンライン研修の採用などを推進しているのです。人が場所を選ばず働ける環境になれば、より生産性が上がると伊藤氏は解説しています。現在はレポートの内容を実践している企業が増え、実際に結果が出ている会社も見受けられます。

内閣が「人への投資」の抜本強化を宣言

岸田内閣は人への投資について、大々的に取り組むとされています。まず大きな対策としては3年で約4000億円の施策パッケージの導入です。具体的にはオンライン研修導入による助成金制度導入や業務外セミナー参加の補助金制度などになります。

オンライン研修導入となれば、時間や労力が必要です。仕事とは別のセミナー参加となれば、お金も掛かってきます。そのような問題をクリアするため、政府は助成金や補助金を取り入れました。

また、内閣はIT人材不足に対する課題についても言及しています。例えば、IT未経験者を雇用し研修を行う場合、経費助成金を60%まで引き上げているのです(以前までは45%)。加えて、研修に伴い資格受験を受ける際も、受験料助成金の特例が適用されます。

以上のように、政府は人への投資を抜本的に強化しており、人的資本への取り組みに積極的です。

経済産業省「非財務情報の開示指針研究会」の開始

政府は情報開示について議論するため、非財務情報の開示指針研究会をスタートしました。背景としてはESGとも大きく関係しています。社員の健康状態・働き方の多様性・賃金の公正性について、投資家はより高いレベルを求める傾向になりました。

実際に米国では人的資本に関する情報開示について義務付けを行っています。欧州では今後情報開示の動きが広がる見込みです。そのような世界的な動きからも、日本でも人的資本の情報開示について議論されています。

そして、情報開示における多くの基準では、人材育成・従業員の安全・ダイバーシティに関する事項が盛り込まれているのです。「人材育成にどれだけ力を入れているのか?」「常に安全で働きやすい環境をつくっているか?」などが基準となります。

このように、今後も研究会によって開示の議題は進められ、開示の義務化が加速化していくでしょう。

コーポレートガバナンス・コードの改定案の策定

2021年6月、東京証券取引所がとりまとめているコーポレートガバナンス・コードの改定により「人材の多様性の確保」「取締役会の役割発揮」の情報開示が義務付けられました。

まずは人材の多様性の確保についてです。今後外国人・女性・管理職の中途採用者など、採用の多様性についての考えをオープンにするよう求めています。加えて、採用人数・採用開始時期・採用人材の特徴など、現時点での採用計画も開示すべきとされているのです。また、計画は目先のものではなく、中長期的な戦略が必要になります。「どのように育成していくか?」「育成するためには環境をどう整えていくか?」などの開示も必須です。

続いては取締役会の役割発揮について解説していきましょう。具体的に東証プライム市場において独立社外取締役を3分の1以上選任するよう求めています。また、知的財産・人的資本の重要性を認識した上で、経営資源の配分や事業の見える化を行うべきであるのです。

以上のように、コーポレートガバナンス・コードの改定により、人的資本開示や取締役会についての内容が含まれました。

人的資本開示の「19項目」

人的資本で情報開示する内容は、以下の7分野・19項目です。それぞれ期待されている内容を確認しておきましょう。

分野項目
人材育成● リーダーシップ
● 育成
● スキル・経験
エンゲージメント● エンゲージメント
流動性● 採用
● 維持
● サクセッション
ダイバーシティ● ダイバーシティ
● 非差別
● 育児休業
健康・安全● 精神的健康
● 身体的健康
● 安全
労働慣行● 労働慣行
● 児童労働・強制労働
● 賃金の公平性
● 福利厚生
● 組合との関係
コンプライアンス・倫理● コンプライアンス・倫理

人材育成

まずはじめに紹介するのは人材育成です。人材育成における考え方や実際に取っている行動を開示すべきと書かれています。

例えば「従業員に対して研修及び教育を定期的に行っているか?」「リーダーを育てるための教育システムが構築されているか?」などが項目に含まれているのです。人材を育てる環境が整っている企業こそ、業界のリーディングカンパニーとして信頼を提供できると投資家は認識しています。

だからこそ、堂々と情報開示できるよう、あらためて自社の教育環境を整備する必要があるでしょう。実際、一人当たりの研修費用が高い企業は、事業が育つとも言われています。代表例として、株式会社野村総合研究所や三井物産株式会社などです。短期的に見ればリターンは期待できないものの、5年後10年後に成果としてあらわれてきます。

また、最近は社員全員を均一に育てるのではなく、組織のメイン人物に絞って育成する方法も目立ちます。組織の重要人物に絞って育成すれば、企業モデルとなり、後を追って他の社員も育つという考え方です。

以上のように、人材育成についてあらためて考え直し、自社に合った方法で育成計画を立てていきましょう。

エンゲージメント

エンゲージメントとは、愛社精神や従業員満足度のことを指します。労働環境であったり、仕事の内容に満足していたり、やりがいを持てているかの指標となります。

計測方法は、診断ツールやシステムを活用したエンゲージメント・サーベイの実施や、エンゲージメントに関わる取り組みとなります。人的資本開示では結果や取り組み内容の開示が求められます。

流動性

流動性の分野は、「採用」「維持」「サクセッション」の項目です。

具体的には、人材の維持・定着に関する取り組みや、採用人数や離職率などの数値の開示が求められます。

ダイバーシティ

続いて解説するのは多様性です。多様性は男女比・外国人労働者の採用傾向・テレワーク導入率などが該当します。具体的には「女性社員はどれくらいいるのか?」「自宅でもできる仕事はテレワークを採用しているか?」などが項目に含まれているのです。

投資家は時代の流れに沿った企業づくりができているかを気にしています。例えば、外出が制限される状況となれば、在宅勤務が必須となるでしょう。自宅で仕事ができる環境が整っていなければ、業務が成り立ちません。結果、営業成績も落ちてしまいます。投資家は将来を見越して企業を見ているのです。

そのため、日頃から企業のダイバーシティについてはあらためて考えておきましょう。男性メインの会社であれば、女性社員の採用を検討しても良いかもしれません。女性ならではのアイディアや女性が得意とする細かい作業を任せられるメリットもあります。また、外国人労働者を採用すれば、コスト削減につながるだけでなく、助成金の対象になるのです。

今までとは違った視点で企業運営を見つめ直していきましょう。

健康安全

健康安全に関する項目は労働災害の発生件数・業務上の負傷による損失時間・安全衛生マネジメントシステムの導入有無などです。

具体的には「社外営業中に交通事故にあったか?」「入院をしてどれだけ業務に取り掛かれない時間があったのか?」等が項目に含まれています。投資家は社員に対する安全面の配慮に対して目を向けており、万が一災害にあった際の対応についても着目しているのです。そのため、日頃から事故や災害に対する事前準備を行っていきましょう。

例えば、製造業の現場では危険予知訓練を定期的に行うのがおすすめです。危険予知訓練は作業中に起こりうる事故をあらかじめ予想し、解決していくトレーニングです。訓練を行うことで危険察知能力を養え、日常業務においても更に注意深く行動できます。

また、危険予知訓練は一人ではなく複数人数で行われるため、チームワークの向上にもつながるのです。結果、企業全体で安全に対する意識が高まっていきます。事故や災害は企業の信頼低下を招くため、あらためて健康安全について目を向けてみましょう。

労働慣行

最後に紹介するのはコンプライアンスや労働慣行についてです。業務停止件数・クレーム件数・差別事例件数などが該当します。

具体的には「企業が不正行為を行って業務停止処分を受けていないか?」「品質や接客が原因でクレームを何回受けているか?」などが項目に含まれており、投資家は労働に関する違反の有無や賃金の正当性を見ています。

そのため、まずは社員が取るべき行動規範についてまとめておきましょう。企業のビジョンを明確にした上で、どんな行動が大切かを示していくのがポイントです。作成する際は誰でも理解できるよう、分かりやすい言葉でシンプルにしていきましょう。

また、違反した方をすぐに通報できるよう、相談窓口の設置も検討すると良いです。設置する場合は周知を徹底した上で、相談の流れをまとめておくと、相談を受ける方は効率的に対応できます。コンプライアンスや労働慣行は信用を得るために欠かせないため、今一度見直してみましょう。

コンプライアンス・倫理


コンプライアンスは、企業が法令や規制を遵守し、倫理的な行動を実践するための枠組みや取り組みを指します。これには、法的な要件に対する従順さだけでなく、社会的・倫理的な規範にも基づいた行動が含まれます。

企業はコンプライアンスに関する情報を開示することが求められます。具体的には、以下のような取り組みが求められます:

  1. ハラスメント実態調査: 企業内でのハラスメント(セクシャルハラスメント、いじめなど)が実態としてどの程度存在しているかを調査し、その結果や対策を開示することが求められます。
  2. 内部通報制度: 社内での不正行為や法令違反などの通報制度を整備し、従業員が匿名で問題を報告できる仕組みを提供することが求められます。これにより、問題が早期に発見され対処されることが期待されます。
  3. 倫理観や行動規範の明示: 企業が倫理観や行動規範を従業員に明確に伝え、それを実践することが重要です。これにより、従業員が適切な行動をとるための指針が提供されます。

これらの情報開示は、企業の透明性や責任の明確化、リスク管理の強化などを目指しています。社会や投資家からの信頼を獲得し、企業価値を高めるために重要な要素となっています。

企業で人的資本の情報開示が重要とされる背景

人的資本の情報開示が重要な背景を解説します。

1. 人的資本の価値向上

現在は技術の発展が目覚ましく、様々な仕事でITやロボット技術が人に取って代わっているのが現状です。例えば、コンビニ店員・銀行員・ウェイトレスなど、単純作業がメインの職業はAI化によって将来消えてしまうとも言われています。AIの進化によって、業界全体が革新の時代を迎えているのです。

しかし、いつの時代であっても人に対する価値は変わりません。高技術なAIを生み出すのも人間の手が必要です。医者・看護師・保育士などの仕事は、ITやロボット技術が発展しても、なくならないと言われています。

このように、技術の飛躍的進歩が叫ばれる中で、あらためて人に対する重要性に焦点が当てられています。社会全体でも「人間の力を最大限活かしているか?」「人材育成にどれだけ注力しているか?」など、人に注目が集まっているのです。だからこそ、企業は情報開示が必要であり、情報をオープンにした企業は世間的にも認められています。

2. ステークホルダーの人的資本への関心

企業が長く生き残るために注力するのは、株主だけではありません。社員・仕入先担当者・パートナーの従業員など、いわゆるステークホルダーに対しても良好なパートナーシップを築く必要があります。

その中で、ステークホルダーは関係先企業の価値を把握するため、人的資本について情報開示を求めはじめました。以前までは業績・受注数・顧客単価などの表面的な数値に注目されていましたが、現在は世界的な動きにより無形資産にも焦点が当たりはじめています。「どれだけ人を大切にする企業なのか?」「個性を活かした企業経営を行っているのか?」などを気にかけているのです。

このような指標が関係を築く上で重要な指標となるため、人的資本に対する情報開示を積極的に行う企業が増加しています。まわりを取り巻く環境が人的資本に関心を抱いているのは、念頭に置いておきましょう。

3. サステナビリティの重要度の高まり

近年サスティナビリティに対する重要性が高まっています。人的資本とも大きな関係があり、ステークホルダーは人的資本とサスティナビリティの関係性について関心を抱いているのです。

具体的には自然資本・財務資本・知的資本などとの関わりになります。例えば「自然エネルギー開発部署立ち上げのため、該当メンバーには研修や勉強会を実施する」「デジタル人材育成のため、専門管理者を10人採用する」など。関係性が明確であり、具体的な情報を開示するのが理想です。

また、ステークホルダーは内部事情について熟知していないケースが多いため、誰でも理解できる情報を開示すると良いでしょう。

以上のように、サスティナビリティの注目度の高まりにより、人的資本との関係性について情報開示が求められています。

人的資本の情報開示を進める際に注意すべき点

人的資本の情報開示における注意点を解説します。

情報の定量化と分析の徹底

人的資本の情報開示においては、まず情報の定量化が必要になります。情報の定量化とは、人的資本に関する情報を分かりやすく数値化するということです。例えば「5年間でデジタル人材を100人採用する」「IT事業新設のため、対象者に年3回実地研修を行う」など。設定した目標に対して数字で落とし込んでいきます。

さらに、具体的に設定した目標に対して現実的かつ合理的であるかを分析していきましょう。前述した例で言うと、デジタル人材を5年間で100人採用する資金を、実際には持ち合わせていないかもしれません。また、資金が潤沢にあっても、教育する人材が不足している可能性もあります。

このように、目標を立てるだけでなく、様々な視点で分析すれば投資家は納得するでしょう。

ストーリー性を持たせる

人的資本を開示する際はストーリー性を持たせていきましょう。ストーリー性を持たせていけば、情報を得たステークホルダーは関心を高めるだけでなく、企業により共感してくれます。

例えば「3年間で女性を30人採用する」だけでなく「3年で女性を30人採用し、5年後にはそのうち5人を管理職に据える」とあれば、ストーリー性を持たせられます。その目標をなぜ立てたのかが明確に分かれば、一貫性が出てくるのです。今回の例で言えば、女性を採用するのは、女性管理職を据えるためだと分かります。

また、企業理念と情報が一致しているかの確認も必要です。例えば、多様性をビジョンに掲げているにも関わらず、女性・外国人・年齢の若い社員などを採用していない企業は、一貫性がありません。現状を踏まえた上で実行可能な目標を掲げ、整合性のとれた情報を開示していきましょう。

戦略的に情報を収集・開示する

人的資本の情報を開示する場合は、戦略的かつ効果的に情報を収集または開示するのが大切です。企業が良かれと思った情報を開示しても、ステークホルダーが求める情報とは異なる可能性もあります。

となれば、情報開示にかけてきた時間や労力が無駄になる可能性もあるのです。そのため、前述したISO30414が示している項目を参考に、情報を開示していきましょう。

例えば、ISO30414の項目にはリーダーシップや後継者育成といったものが含まれています。「リーダーシップを鍛えるために、月に一度ロールプレイング研修を行う」「後継者育成のため、3年以内に企業内学校をつくる」などでも良いでしょう。ステークホルダーの意図をくみ取り、戦略的に開示するのがポイントです。

独自性事項と比較可能性事項のバランスに気を付ける

人的資本の情報開示において、独自性事項と比較可能性事項のバランスを確保することが肝要です。「人的資本可視化指針」に基づく情報開示は他社との類似性が生じがちで、競争優位性を伝えるのが難しいです。

そのため、自社独自の経営戦略や人材戦略に沿った独自性を持った内容が重要です。

取り組み自体に独自性がある場合と、選択した開示項目に対する独自の理由がある場合があります。ステークホルダーは、どちらかに偏らず、両方を適切に組み合わせ、バランスを保った情報開示を求めています。

価値向上の取り組みとリスクマネジメントを意識する

人的資本の情報開示において、価値向上の取り組みとリスクマネジメントを区別して記載することが大切です。例えば、人材育成は企業価値の向上に貢献する取り組みですが、ダイバーシティや身体的・精神的な健康管理に関する施策はリスク管理の一環です。

ステークホルダーのニーズに応じて情報開示の項目を選択することが肝要です。価値向上とリスクマネジメントの双方の観点から情報開示を検討し、バランスを取ることが重要です。

人的資本の開示に向けたステップ

人的資本の開示に向けたステップを解説します。

1.これから情報開示に向けて動き出す企業の場合

まずはこれから動き出す企業について解説します。

1. データの計測環境を整える

これから開示に向けて動き出す場合、まずは自社の現状を的確に把握していきましょう。なぜなら、今の状況を確認しておかなければ、自社の情報を適切に開示できません。さらに、後述するKPIや目標も正しく設定できないのです。

そのため、人事管理・人事評価・タレントマネジメントシステムなどを活用し、まずは開示する為の基盤を整えていきましょう。自社に会った人事システムを利用することで、効率的かつ効果的にデータを計測できます。「前年打ち出した施策は効果が出ているか?」「昨年よりも一人一人の業務時間が減ったものの、業務内容の質が上がった」など、より具体的に分析可能です。

また、各データは数値化されるため、説得力が増します。業務においてPDCAをどれだけ効率的に回しているかは重要なため、最初に計測環境を整えていきましょう。

2. KPI・目標を設定する

自社の計測基盤が整ったら、次はKPI・目標の設定を行っていきましょう。「商談からの成約率を40%まで上げる」「平均受注単価を5,000円上げる」などのKPI・目標を立てていきます。この際に重要視したいのは目標の数値化です。投資家は説得力のある目標を求めているため、数値化すると目標が具体的になります。

また、目標にはストーリー性を持たせることも重要なため、未来を見据え目標設定を行っていきましょう。例えば、前述した例で言うと「成約率を40%まで上げ、業界シェア率をトップ3まで押し上げる」と打ち出せば、ステークホルダーも納得します。

以上のように、KPI・目標を設定するだけでなく、ストーリー性を持たせるのが重要です。

3. 現状と理想とのギャップを反映した施策を行う

目標設定の後に重要となるのが、理想と現実を埋める作業です。例えば、目標を立てたとしても、投資家から的外れと思われるかもしれません。そのため、現状を把握した上で、様々な角度から目標を見直してみましょう。例えば、営業力強化を図っているにも関わらず、営業人材の育成環境が整っていなかったり、営業のスキルを持ち合わせた人材を採用していなかったりするケースもあります。

そのような面も踏まえ、目標に一貫性を踏まえるのが重要です。一貫性がないと感じれば目標を変更するか、前述した例でいくと、営業に強い人材の採用に踏み切るのが良いでしょう。このように、投資家を納得させるには、説得力を持たせた目標が重要です。

2.情報開示が先行している企業の場合

続いては情報開示が先行している企業を解説します。

1. 投資家からのフィードバックを施策に反映する

すでに情報を開示している企業は、投資家からのフィードバックを施策に反映させていきましょう。PDCAで言うと、A(Action 改善)の部分になります。

投資家の声は貴重であり、企業が成長するためには必要不可欠です。あらためて「施策の何が悪かったのか?」「投資家からの声を施策にどう反映させるか?」を考えていきましょう。

また、この段階でも、練り直した施策を様々な視点から見直す必要があります。数多くのフィードバックを反映した結果、施策が企業ビジョンとずれてしまっては本末転倒です。バランスを考えた上で施策に反映させていきましょう。

2. 目標設定を開示

人的資本の情報開示を行っている場合、目標設定も開示していきましょう。目標も開示することで、開示した情報に一貫性が取れます。

また、目標に対しても投資家からのフィードバックをもらえるでしょう。改善→計画→実行を繰り返していけば、質の高い施策や目標が完成します。そのためにも、まずは目標設定を開示していきましょう。

ポイントを押さえて人的資本の情報開示を行いましょう

人的資本とは人間が備えるスキル・技能・資格などです。ITや科学技術の発展が著しい世の中となった現代だからこそ、人的資本に注目が集まっています。

そのため、ステークホルダーは「教育にどれだけお金をかけているか?」「スキルを伸ばすための施策は打ち出しているか?」に着目しているのです。企業は人的資本開示の19項目を参考にした上で、情報開示に向けて動き出す必要があります。

開示するための注意点や目標設定におけるポイントなどありますが、まずは自社の状況を把握していきましょう。現状を的確に把握できれば、より説得力のある情報を開示できます。